未熟な甲虫の呟き

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バレンタイン・カウントダウン その二


「トリュフなんて自分で作れるとは思わなかったなー」
 製菓道具を洗いながら、彼女がしみじみと呟いた。
 その横では、彼が、洗い終えたヘラやボウルを水切り籠から取り出しては丁寧に布巾で拭いていく。
「でも、作業自体は何も難しいことなかったろ?」
「難しいか否か、と同じぐらい、面倒か否か、ってのも重要なファクタでね。私一人じゃ、とてもこんな凝ったチョコは作れなかったよ」
 苦笑を浮かべる彼女に、彼もまた苦笑で応えた。
「慣れてしまえば、たいした苦にはならないさ」
 普段自炊はしなくとも、各種イベントごとに菓子は作る、という彼だから言える、余裕の台詞である。
 彼女は深い溜め息をつくと、洗い物を終えタオルで手を拭いた。
「それにしても、チョコをあげる相手に、作るのを手伝ってもらうなんてね」
 彼女の言葉が終わりきらないうちに、彼が芝居がかった調子で咳払いをした。
「トドメを刺すようで悪いけど、実は僕もチョコを作ったんだ。君に」
「ええっ」
 驚く彼女に、彼はすこぶる得意そうに口角を上げる。
「僕の本気を見せてあげよう、って言っただろ?」
「え? それって、私のチョコを手伝ってくれる、という意味じゃなかったんだ?」
 想像だにしていなかった反応に、彼は先ずぽかんと口をあけ、そして次に、そっと眉をひそめた。
「手作りを振る舞ってくれる、って言ってくれた人間相手に、そんな失礼なこと言うわけないだろ」
「いやまあ、事実は事実だから、失礼とは思わなかったけど。実際のところ、私一人で作ったら、市販のチョコを溶かして、何か混ぜ物して、固めて、終わり、ってなっただろうし」
「混ぜ物言うな」
 反射的にツッコミを入れてから、彼は、やれやれ、と肩を落とした。
「どうして、バレンタイン・デートが、手作りチョコ教室に変わってしまったんだろう、って不思議に思ってたんだけど、そういうことか……」
 
 ローテーブルに二組のコーヒーカップが並べられる。
 真ん中には、トリュフチョコレートの盛られた皿。そしてその横には、まるでケーキ屋で買ってきたかのような、美味しそうなガトーショコラが、鎮座ましましていた。
「こうやって並べてみると、釣り合わないこと甚だしいな」
 何度目か知らぬ溜め息が、彼女の口から漏れる。
「そう?」
「せめて、一から十まで自分で作っていれば、少しは胸も張れるんだろうけど」
 君の手をあれだけ煩わせておいて、チョコの交換も何もあったもんじゃない。そう力無く笑う彼女に向かって、彼は涼しい顔で「両手を出して」と声をかけた。
「こう?」
 不思議そうな顔をしつつも、彼女が素直に両手を前に突き出せば、彼は更なる指示を繰り出していく。
「いや、そこまで手を伸ばさなくてもいいから。そう、それぐらいでいい。互いの手をもう少し近づけて、そう、それで、手のひらを上に向けて」
 彼女が胸の前に差し出した両手の上に、彼は、トリュフの皿をそうっと乗せた。
 彼女が、目をしばたたかせる。
 彼は、トリュフを捧げ持つ体勢となった彼女をじっと見つめた。途中で一度、ちらりとテーブルの上のガトーショコラに目をやったのち、再び彼女をねめまわし……、それから最後に、極上の笑みを浮かべた。
「これで、山ほどお釣りがくる」
「え?」
「じゃあ、僕から先に、いただきます、っと」
 そうして、チョコよりも甘いキスが、彼女の唇に落とされた。
 
 


 なんとかバレンタイン当日に間に合いました。バレンタインネタSS第二弾、です。
 書籍化された「うつしゆめ」から、「彼」と「彼女」に登場してもらいました。
 最初は、「魔法の呪文……これを冷蔵庫で一時間寝かしたものが、こちらになります」ネタにしようと思っていたんですが、書いているうちに、なんだか収拾がつかなくなってしまいましてね……。
 何はともあれ、ハッピーバレンタイン!
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