未熟な甲虫の呟き

創作小説サイト「あわいを往く者」附属ブログ。(サイト掲載小説一覧書籍のご案内
   
カテゴリ「掌編」の記事
2012/07/26
電子書籍版「撞着する積木」特典SSその3「花火」 
2012/07/19
電子書籍版「撞着する積木」特典SSその2「喧嘩」 
2012/05/23
「黒の黄昏」SS「キス」 
2012/04/21
「撞着する積木」SS「眼鏡」 
2012/04/20
「撞着する積木」SS「ネクタイ」 
2012/04/18
「黒の黄昏」SS「煙草」 
2011/07/14
歩幅 
2011/06/13
空へ 
2011/03/15
寄り道 
2010/06/14
おかえり、はやぶさ 

電子書籍版「撞着する積木」特典SSその3「花火」


 夜空に大輪の花が咲く。
 花火大会の最初を飾る一発に、展望台のあちこちから歓声が上がった。
 少し遅れて夜風をぬってきた重低音が、腹の底を震わせる。
「三キロ、てところか」
「三キロぐらいですね」
 朗の囁きに、傍らの志紀が即座に応答してくれた。満ち足りた心地で志紀を見やった朗の耳に、背後からとんでもない声が飛び込んでくる。
「今の音、何? 打ち上げ失敗?」
「どんっ、っていったよね。事故だったらヤバいんじゃない?」
 思わず眉間に皺を寄せる朗に、志紀が苦笑を向けた。その滑らかな頬が、二発目の花火に鮮やかに照らされる。
 続いて、三発目、四発目。こうなると、打ち上げの音は全く気にならなくなり、暴発だの大惨事だの騒いでいた後ろのカップルも、キャッキャキャッキャと無邪気にはしゃいでいる。
「光と音の速度については、義務教育期間に習うはずだろう」
 憮然と呟く朗の横で、志紀がくすりと笑った。
「雷が光ってから三秒以内に音が聞こえたら、すぐに家に入れ、って、子供の頃に親によく言われました」
「一キロ以内、か。賢明な親御さんだな」
 志紀の口元が柔らかくほころぶのを見て、朗は静かに息を呑んだ。口の中に溢れてきた唾を、音がせぬようそっと嚥下する。
 
 結局、行きの車の中では、二人はまともな会話を交わすことができなかった。
 確かに、他の女と見間違えられては、さしもの志紀とて傷つくだろう。逆に、彼女が他の男と朗を見間違えたら、と考えると、志紀の怒りは朗にも充分に理解できた。
 もしもそんなことが起きようものなら……、二度と間違えたりしないよう、しっかり彼女に思い知らせてやらねばならないだろう。花火も夕食もあとまわしにして、どこか邪魔の入らないところで、僅かな指の動きにすら朗の存在を感じられるように、じっくりと、身体の隅々にまで教え込むのだ。
 
 ごくりと喉を鳴らしてから、朗はちらりと右を窺った。
 カリウムだろうか、紫色の光が、志紀の白い頬を淡く浮かび上がらせている。次はナトリウムか。つい炎色反応に意識を向けようとしてしまうのは、湧き上がる欲望を誤魔化そうとしての措置だろう、と、朗は自己分析した。
 黒い浴衣からすうっと伸びるうなじ。結い上げられた髪の先が、まるで朗を誘うかのように、白い肌を背景にゆらゆらと揺れている。後れ毛も艶めかしい襟足に唇を這わせれば、一体どんな声が漏れるのか。そのまま耳へと攻め込み、身八ツ口から手を差し入れ、柔い双丘を思う存分に弄べば、彼女はどんな声で啼くだろうか。
『放してください!』
 車中での志紀の声が耳元に甦り、朗は思わずこぶしを握り締めた。
 ――銅、カルシウム。ストロンチウム……いや、リチウム、か。
 花火を凝視してゆっくりと深呼吸を繰り返すものの、ひとところに集まった熱は、なかなか散ってくれそうにない。
 と、誰かに押されでもしたのか、志紀が朗のほうへ倒れこんできた。
 咄嗟に受け止めれば、志紀を背後からホールドするような体勢になった。なってしまった。
「すみません」
「人が増えてきたからな。仕方がない」
 仕方がない。おのれに言い聞かせるように、朗は口の中で繰り返す。
「あ、あの、もう大丈夫ですから」
「そうか」
「えと、だから、その、手を……」
「このほうが、余分な場所を取らなくてすむ。公共の利益に適っている」
 志紀は、何か言いたそうに朗を見上げていたが、辺りがまた明るくなったのを見て、再び花火会場を振り返った。
「ホウ素か」
「……バリウムじゃないですか?」
 打てば響くような受け答え。
 朗はそっと口角を上げた。
 暗闇をいいことに、慎重に両腕に力を込め、じわりじわりと志紀を引き寄せる。そのまま艶やかな髪に口づけを落とそうとした、まさにその瞬間、険を含んだ囁き声が、朗の耳を貫いた。
「こんなところで、変なことしないでくださいよ?」
 苦渋の唸り声一つ、朗は身を起こした。
 ここは、大人しく引き下がっておいたほうがいいだろう。ホテルに連れ込むことさえできれば、あとは朗のターンだ。三面六臂もかくやのわざで、またたく間に彼女をベッドに組み敷いてみせよう。
 ――問題は、志紀がそこへ行くことを承諾してくれるか、だ。
 朗は、半ば絶望的な心地で空を仰いだ。
 ナトリウムの黄色い光が、漆黒のキャンバスに花びらを散らした。
 
 
 


 電子書籍版「撞着する積木」購入特典SS、三つ目は、リクエストいただいた「先生が志紀のご機嫌を損ねて、お預けをくらうようなエピソード」です。
 ホテルなり何なりに落ち着いてしまえば、志紀に勝ち目はないので(そういう場所へ行くということ自体が、志紀がその気になっている、ということを表しているわけなので)、お預け状態の先生を描くとなると、こういう感じになってしまうんですよね……。
 きちんと「お預け」になっていたらいいのですが……。ドキドキ。


 そんなこんなで、電子書籍版購入特典SSは、これでおしまいです。

 改めて、このたびは電子書籍版「撞着する積木」をお買い上げくださってありがとうございました!
 おかげさまで、パピレスの週間ランキングに二週連続で入ることができました。全くの無名の人間が書いた本が、先週三位、今週四位ですよ! 皆さん、本当にありがとうございます!!
 これからも地道に書き続けていきたいと思っておりますので、どうかよろしくお願いいたします。
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電子書籍版「撞着する積木」特典SSその2「喧嘩」


「すまなかった」
 不穏な空気に耐えかねたのだろう、朗がとうとう路肩に車を停めた。志紀のほうに身体ごと向き直って、本日三度目の謝罪の言葉を、一音ずつ噛みしめるように吐き出す。
 夕闇に沈む郊外の幹線道路、朗の車のすぐ脇を、轟音をたてながらダンプカーが走り抜けていった。
「もういいです」
 騒音が遠ざかるのを待って、志紀は少し唇を尖らせながら返答した。すまない、悪い、許してくれ。薄っぺらい言葉ばかりを積み重ねられても、虚しさがつのるばかりだ。
「私が悪かった」
「だから、もういいですって言ってるじゃないですか」
 言葉を返せば返すほど、いらいらがつのっていく。朗を一顧だにしないまま、志紀は溜め息をついた。
 
 花火大会を見に行こう、と言われて、大張り切りで浴衣を着て、待ち合わせの駅前の車寄せで待つこと十五分、見慣れた赤い車が自分を通り過ぎて、別の女性の前に停まった時の、あの絶望感は、筆舌に尽くしがたい。
「まさか、浴衣を着ているなんて思ってもいなかったんだよ」
 確かに、件の女性は、志紀と同じぐらいの背格好だったし、服装もいつもの志紀と同様なカジュアルスタイルだった。
 駅前の往来の中、運転しながら待ち合わせ相手の姿を確認する、ということが容易ではないことぐらいは、志紀にも想像がつく。そう頭では理解できても、胸の奥は、未だにじくじくと疼いている。
 
 花火会場の周辺は、地獄の混雑具合で知られている。朗が車を出したのは、少し離れた山から花火を鑑賞するためだった。花火ビュースポットとして知られる展望台の近くにはコーヒーの美味いカフェがあると聞いて、志紀はとても楽しみにしていたのだ。
 黒地に淡い桜が舞う浴衣は、母が若い頃に一度二度袖を通しただけという、新品同様の美しいものだった。着付け方法をネットで探し、プリントアウトしたものと首っ引きで帯の結び方を覚え、志紀は今日という日に臨んだ。以前話の流れで「私のどこが良かったんですか?」と問う機会を得た時、躊躇いもなく「ものの考え方が」と言い切った朗も、もしかしたらこの浴衣姿なら褒めてくれるかもしれない、と思って。
 ……そんな甘いシチュエーションなど、今や夢のまた夢となってしまったわけだが。
「遠目で見て、いつもの立ち姿に一番近い人物を、君だと思い込んでしまった。浴衣姿は本当に予想外だったんだ……」
「分かってます」
 分かっているが、納得はできない、したくない。
「志紀……」
 朗が志紀の右手を取った。慌てて手を引こうとする間もなく、左手も掴まれる。
 志紀の頬が、カッと熱くなった。怒りのあまり。
「放してください!」
 お互いにじゃれ合っている時に、強引に出られるのは嫌いじゃなかった。でも、こんな、人が怒っている時にまで、力でねじ伏せようなんて、あまりにも横暴すぎる……!
 やめて、と必死に身体をよじる志紀の耳に、酷く擦れた声が飛び込んできた。
「違う」
 何が違うというのか。目に精一杯力を込めて志紀は朗を見上げた。
 予想もしていなかった穏やかな眼差しが、真っ直ぐに志紀を見つめていた。
 掴まれていた両手が、離される。
「やっと、私のほうを向いてくれたな」
 静かな声に、志紀は小さく息を呑んだ。
 朗は、そっと面を伏せると、もう一度、ゆっくりと、「悪かった」と謝った。
「……先生……」
 先生のしたことは、これほどまで責められるべきことなのだろうか。ふと、志紀は思った。私は、こんな表情を先生にさせたかったのだろうか、とも。
 
 答えは、否、だ。
 
 志紀は大きく息を吸い込んだ。
 とはいえ、あの胸の痛みを無かったことにするのには、少々抵抗があった。仲直りに一つぐらい条件をつけてもバチは当たらないよね、と自分に言い訳をして、志紀は頭の中で台詞をシミュレートする。
 
 ――もういいですよ、私も少し意地を張りすぎました、でもショックだったんですよ、(たぶん、ここでもう一度謝ってこられるはず)じゃあ、正直に答えてほしいんですけど……
『この浴衣、どう思います?』
 ――これでは、質問が抽象的すぎるか。
『浴衣、可愛いでしょ?』
 ――いやいや、ちょっとそれは、どう返事されても恥ずかしすぎる。
『似合ってます?』
 ――これぐらいが無難かもしれない。
 
 余計な事を考えているうちに、志紀の胸はどんどん鼓動を早めていった。どう言おう、いつ言おう、そうぐるぐると悩んでいる間も、朗は神妙な顔で、訥訥と弁解を吐き出している。
「……浴衣姿が、パターンマッチングの候補に入っていなかった。だから、探せなかった。だいたい、他の女と君を見間違えたりするもんか」
 僅かに視線を逸らせた朗の頬が、少し赤みを帯びているような気がして、志紀の体温が一気に上がった。
 どうしよう、このまま抱きついちゃってもいいだろうか、と、考えた次の瞬間、朗がダメ押しとばかりに自身の発言をまとめた。簡潔に。非常に簡潔に。
「……そう、見間違えたんじゃない、見えていなかったんだ」
 
 
 ……どうやら、仲直りにはもう少し時間がかかりそうである。
 
 
 


 電子書籍版「撞着する積木」購入特典SS、二つ目をお届けします。
 今回は、拍手でいただいたリクエスト「プンスカする志紀ちゃん」をものしました。リクエスト主さま、これでいかがでしょうか。

 実は、もう一ついただいているリクエストが、「先生が志紀のご機嫌を損ねて、お預けをくらうようなエピソード」なのです。なにこの素晴らしいシンクロニシティ。
「おろおろする先生が見てみたい」
「本編では先生が志紀を振り回しまくって、志紀を困らせていたので、ぜひとも先生を困らせてほしい」
って、皆さんSなんだから。あ、Sというのは、素敵の頭文字ですよ、念のため。

 では、最後のSSは、今回の続き、朗先生の煩悶っぷりを楽しみにしていてください。
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「黒の黄昏」SS「キス」


 捌けども捌けども一向に減らぬ書類の山を前に、警備隊隊長エセル・サベイジはとうとうへそを曲げた。ペンを放り出した手で、褐色の髪を苛々とかき乱す。
「署名なぞ、誰にだってできるだろう」
「中身の検分も全て隊長にお任せしてしまっても良いのですが」
 事も無げな声とともに、副隊長インシャ・アラハンが更なる書類を手に執務机の前に立った。
 ぐうの音も出ず、エセルは椅子に深々と身を沈めた。閲《けみ》すべき事項を彼女が仕分けてくれているからこそ、自分の仕事が簡単な確認と署名だけですんでいるということを、理解しているからだ。
 だが、それでもエセルはぼやかずにはいられなかった。
「少し休憩を、だな」
「先ほど訓練場から戻ってこられたばかりではありませんか」
 剣術の手合わせでは、気分転換はできても、心身を休めることはできない。私は憩いが欲しいのだ、と息を吐き出してから、エセルは上目遣いでインシャを見上げた。
「そうだな、君がキスの一つでもしてくれたら、やる気が出るかもしれないな」
 有能な副官は碧眼を丸く見開き、それからこれ見よがしに肩を落とした。
 もとより、生真面目な彼女が就業中にこんなことを承諾するとは思っていない。エセルは口元に苦笑を刻むと、姿勢を正して再びペンを手にした。
 と、次の瞬間、インシャが机の向こうからすっと手を伸ばしてきた。華奢な指が、まるで壊れ物を扱うかのように優しくエセルの手をとったかと思えば、蜂蜜色の髪が視界に飛び込んでくる。
 そうして、手の甲に柔らかいものが触れた。
「……これで、やる気を出していただけますか」
 しばし言葉もなく硬直していたエセルだったが、ふう、と大きく息をついたのち、思いっきり不貞腐れてみせる。
「これだけでは、足りぬ」
「足りないと言われましても、やる気を出していただくのは、右手だけで充分ですから」
「いやしかし、疲れているのは右手だけではないぞ。頭も目も、そう、口だって……」
「それでは、書類の検分から全て隊長にお任せいたしましょうか」
「……」
 しぶしぶ抵抗を諦めて、それでもまだ未練がましく、エセルはインシャをねめつけた。
「あとで、右手だけでは物足りない、と言わせてやるからな」
「今は、仕事に集中なさってください」
 にべもない言いざまに、溜め息一つ、エセルは再び仕事の山に分け入っていった。
 
 


「キスの日」に合わせてキスネタのSSを書いてみました。
 思いっきりひねくれたシチュエーションですみません。
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「撞着する積木」SS「眼鏡」


 あれは大学生の頃だったか。眼鏡を鎧に例える話を小耳に挟んだ時、「それは違う」と朗は思った。
 確かに、視力の悪い者にとって、眼鏡が無い状態というものは、酷く頼りなく、無防備に感じられるものである。輪郭がぼやけ、色彩が滲み、全ての境界が曖昧になった世界には、時に不安や、場合によっては恐怖が潜んでいる。そう、たそがれどきの四つ辻のように。
 だが、世界が不明瞭であればあるほど、自身もその薄闇にたゆたうことができるというものだ。見通せぬ世界が怖いというのならば、見なければよい。見なければ、認識上それは存在しないのと同義になる。そう、全ては靄の中に。嫌なものも腹立たしいものも全て、ぼんやりとした薄幕の向こうに追いやってしまえばいい。
 ソファに腰掛けた朗は、眼鏡の位置を直して、薄く笑った。
 明瞭な世界。ここには、朗と、朗をとりまく全てのものがある。朗にとって眼鏡は、自分と世界とを繋ぐよすがであった。
「どうしました?」
 志紀が、怪訝そうな表情で朗の顔を覗き込んできた。
 艶やかな黒髪、人形のような肌理、澄みきった瞳を飾る睫毛の一本一本までもが、くっきりと薄闇に浮かび上がって見える。
「私、何か変なこと言いましたっけ?」
「思い出し笑いみたいなものだ。気にしないでくれ」
 ――他人の至近で眼鏡を外す、ということが、私にとってどういう意味を持つのか、おそらく君は知らないだろう。
 朗は、微かに目元を緩めると、志紀を引き寄せた。
 そっと眼鏡を外し世界を遮断する。手元に志紀を残したまま。
 
 


 調子に乗って、「積木」SS第二弾です。
 ちなみに、朗がデレたあとの話です。(「撞着する積木」本編では一度も眼鏡を外していないので)
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「撞着する積木」SS「ネクタイ」


「ネクタイを嫌がるほど若くはないのでね」
 そう言って朗は口角を上げた。眼鏡の奥の瞳を束の間細め、右手を襟元にやる。「だが、ネクタイを絶対視するほど年寄りでもない」
 結び目にかけられた指が左右に振れ、ネクタイが緩められた。鷹揚に長椅子の背に身を預け、囁く。
「おいで、志紀」
 
 


SS「煙草」にオマケとして追記していた「ネクタイ」ネタツイノベを、改めて別な記事として独立させました。

「積木」シリーズしか読んでおられない方だと、「煙草」ネタが結構ボリュームがあることもあって、このSSに気づかないんじゃないかな、と思いまして。
 折角書いたSSが埋没してしまうのは勿体ない、というわけなのでした。
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「黒の黄昏」SS「煙草」


「私にも一本くれないか」
 深夜の街角、完全に闇に没した路地の入口。不意に背後から肩を叩かれたガーランは、動揺を悟られないようわざとゆっくりと振り返った。
 月明かりを背に、ルドス警備隊隊長エセル・サベイジが、不機嫌そうな表情でそこに立っていた。
「張り込み中に煙草だと?……って、言わないんすね」
 エセルの口調を真似てみせたガーランに、当の本人は至極つまらなさそうに眉間に皺を寄せる。
「わざと見張りの存在を知らしめようとしているのだろう? 確かにお前の班には、北側から注意を逸らせよ、と命じたが、こんな露骨に、しかも独りきりで矢面に立つことはなかろう」
「残りの連中は、しっかり奥の辻子で待機してますよ」
 事も無げに答えてから、ガーランは煙草を咥え直した。そっと目を細め、ゆっくりと息を先端へ吹き込こんでいく。みるみる輝きを増す紅い光点に、懐から取り出した煙草の先を慎重に当て、火を分ける。
「そんなことより、隊長のほうこそ、一人でふらふら迷子っすか」
 返事代わりに鼻を鳴らして、エセルが渡された煙草を咥えた。か細く立ち上る紫煙が、暗闇を幽かに揺らす。
「随分いい葉を使っているな」
「そりゃあ、もう。煙草代を稼ぐために働いているんでね。俺は」
 あと酒代もね、とつけ加えるガーランに、エセルが口の端を上げる。
「お前は、本当に、素直じゃないな」
「俺はいつだって純真で素直な好青年っすよ」
 にやり、とガーランが笑い返したその時、路地の少し奥のほうで、何か――恐らく扉――が軋む音がした。どうやら、我慢比べの軍配は、ガーラン達警備隊のほうに上がったようだ。
 エセルが、不敵な笑みを浮かべて腰の剣に手をやる。
「さて、では、一仕事といこうか。お前の煙草代と酒代のために」
「何バカなこと言ってるんすか」
 ここぞとばかりに真面目な顔を作って、ガーランは剣を構えた。
「行きますよ、隊長。愛する女とこの街のために」
 意表を突かれ目をむくエセルに片目をつむってみせて、ガーランは石畳を蹴った。それを合図に、路地の更に奥から、同僚達が援護に飛び出してくる。
「まったく。何が純真で素直な好青年だ」
 やれやれ、と盛大な溜め息を残して、エセルの姿もまた混戦の中へと消えていった。
 
 
 


 先日ツイッタにて、萌える仕草とか萌える小道具とかそんな話で盛り上がりまして、あまりにも色々萌えゴコロが刺激された結果のSSです。140文字のツイノベに仕立て上げようとしたのですが、なんか色々たぎってしまって、こーんなボリュームになりました。
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歩幅


「待ってよ」
 初めて彼女と一緒に帰った日、彼女はそう小さく口を尖らせた。
 のっぽ、とか、長い、とか言われる僕と比べるまでもなく、彼女はとても小柄で、少し油断するとすぐに歩調が合わなくなってしまうんだ。
 でも。
「遅いよ」
 二日目、今度は彼女は頬を膨らませて僕を振り返った。
 彼女を急かしてやいないか気にするあまり、少し歩速を抑え過ぎたみたいだった。
 しっかりしろ、と自分を叱咤して三日目、今日。
 眼鏡の隙間からこっそり彼女の歩幅を確認して歩いていると、彼女が大きな溜め息をついた。
 何かマズったか、と息を詰めた次の瞬間、僕の手に何かが触れた。
「……こうすれば、いいんじゃない?」
 少し照れたようなすまし顔が、僕を見上げている。
 暴れだした心臓の音がバレませんように、と天に祈りながら、僕は彼女の手をそっと握り返した。
 
 
 



 ツイッタにて、オオアザさんが「長身で眼鏡をかけた青年と赤毛で低身長の少女が手を繋いでいる」というお題でこんな素敵な絵を描いておられまして。
 許可をいただいて、萌えを吐き出させていただきました。

 もうね、二人の表情が最高なんですよ。とにかく萌ゆる。
 ご馳走さまでした!
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空へ


 帰宅ラッシュも落ち着きつつある、乗り換え駅のホーム。
 あくびを押し殺しながら、鞄からスマートフォンを出し、ツイッタに繋ぐ。画面を素早くタップして、『今から帰宅ー』と入力。これが彼の日課の一つだ。
 ――早く帰ってこい? って、お前、誰?
 自分宛のメッセージかと思いきや、どうやらそうではないようだった。『あと三時間』『頑張れ』『待ってる』そういった発言が、画面を次々と流れてゆく。どうやら、何人もの人間が、誰かの帰りを待ちわびているらしい。
 皆、一体誰を待っているんだろう。彼は不思議に思って、関係有りそうなアドレスをタップした。
 
 
 子供を寝かしつけ終わって、一息ついて、夫の帰宅までネットサーフィン。と、上機嫌で行きつけのサイトを回っていた彼女の手が、止まった。
「誰が七年ぶりに帰ってくるんですって?」
 ためしにリンクをクリックすると、理系アレルギーを発症しそうなページに行き着いてしまった。慌ててページを戻ろうとするが、ふと、可愛らしいイラストが目に止まって、彼女は少し落ち着きを取り戻す。
「子供向けのページがあるのかしら」
 つい先日、幼児教育の話でママ友と盛り上がったところだった。何か良い情報があれば皆に教えてあげられるかも、と、彼女はおそるおそる『冒険日誌』の画像をクリックした。
 
 
 いよいよ、だなあ。高鳴る胸をそっと手で押さえ、彼女はパソコンの前に座った。
 もう小学生は寝る時間だ。先生が代わりに最後まで見ておくから、皆はきちんと早寝早起きだよ、と約束したものの、何人かの顔は、夜更かしする気まんまんに見えた。「あいつらだけズルイ」と他の生徒から文句が出ないよう、せめてその瞬間をプリントアウトして、明日学校に持って行こう。
 春の遠足で科学館に行って以来、教室の後ろに掲げられていたカウントダウンの数字。それがとうとう今日、ゼロになった。
 ――テレビで中継してくれたら、楽だったのに。
 唇を尖らせながら、彼女は画像ソフトの準備を始めた。
 
 
 ケータイの画面に表示された名前に、彼は首をかしげもって、しぶしぶゲーム機を置いた。電話嫌いの父親が、こんな夜更けに一体何の用だ、と。
「もしもし」
『ネット見ろ、ネット。中継やってるぞ』
「野球?」
『野球なわけあるか。和大だ、和大』
「話題?」
『和歌山大学だ。ああ、もうこんな事している場合じゃない。切るぞ』
「はぁ?」
 明日は午後まで授業が無いから、このゲーム一気にクリアするつもりだったのに。文句を垂れつつも、彼は律儀にパソコンの電源を入れた。
 
 
 
 読む。
 知る。
 辿る。
 追う。
 待つ。
 待つ。
 見つめる。
 見上げる。
 目を凝らす。
 祈る。
 祈る。
 見守る。
 祈る。
 待つ。
 祈る。
 祈る。
 祈る……。
 
 
 暗闇にぽつんと現れたひかりは、みるみる輝きを増して夜空を翔ける。
 2010年6月13日、まばゆいきらめきとともに、はやぶさは故郷の大気へと還っていった。
 
 
 



 小惑星探査機「はやぶさ」帰還、一周年記念の掌編です。
 はやぶさ君に焦点を当てようとしたら、舌足らずで中途半端なドキュメンタリーにしかならず、擬人化にトライしたら、凄い勢いで違う世界にいってしまったので、自分の身の丈に合わせて、迎える人々を書きました。

 回線の調子が悪くて、苛々しながら和大に繋げていたなあ、とか、ツイッタまだ始めてなくて、はやぶさ関係の呟きの見方がイマイチわからなくて困ってたなあ、とか、なんだか遠い昔の事のような気がします。
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寄り道


『何でも売ります。何でも揃います』
 信号も街灯も消えたひとけの無い街角、こんなふざけた張り紙を見つけてしまった俺は、迷わずその店の扉を引き開けていた。
 勿論、買い物するためじゃない。そこらの店が軒並み陳列棚をカラにしてしまっている状況において、こんなみすぼらしい店舗に何かを期待するほど俺はバカじゃない。
 一言、文句を言ってやるためだ。
 いいや、冗談にしてはふざけすぎている。場合によっては一発殴ってやるつもりで、俺は店の中に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
 昔懐かしい駄菓子屋に似た店内には、小柄な中年のオヤジが、ポツンと佇んでいた。
「あの、……表の張り紙って、本当なんだろうな」
「ええ。ただし、お一人様一つずつでお願いします。あと、お持ち帰り出来るもので」
 とても自然な言いざまに、俺はますます激昂した。
「じゃあ、『希望』をくれよ。『明るい未来』でもいい。何でも揃うんだろ? え?」
 俺がそう怒鳴ると、オヤジは少し困ったように眉根を寄せた。
「それは……、ちょっとお売りしかねます」
「何だよ、何でも売るんじゃなかったのかよ! ふざけた張り紙してんじゃねーよ!」
「ですが……」
 そこでオヤジは、こっちがドキリとするほど満面の笑みを浮かべた。
「ですが、『希望』も『明るい未来』も、既にあなた様は両手に一杯抱えていらっしゃるではありませんか」
 
 気がついた時には、俺は真っ暗な街角で、冷たい風に吹かれて立っていた。
 ごくり、と唾を飲み込んだその瞬間、風が止んだ。そして、まばたきをするようにして街灯に灯が入った。
 俺は、緩みそうになる口元を必死で引き結んで、再び家路を急ぎ始めた。
 
 
 



 以前にオンライン文化祭でご一緒した、sleepdogさんのブログ「マイクロスコピック」にて開催中の<希望の超短編>企画にのっかって、突発的に書いたものです。
拍手
 

おかえり、はやぶさ


 眼下に迫る、灼熱の荒地。
 命の源である太陽の光も、ここではもはや凶器でしかない。容赦無く照りつける陽光は、彼の目を眩ませ、彼の身体を痛めつける。
 それでも、彼は行かなければならないのだ。この世界の来し方を探り、行く末へと続く道を明るく照らすために。あの荒れた大地へと降り立ち、その岩石を採取する、これが彼に与えられたミッションだった。
 
 本当ならば、相棒のミネルバがあそこで彼を出迎えてくれるはずだった。だがミネルバは彼の目の前で、虚空の彼方へと消え去ってしまった。
 相棒が果たせなかった夢の分まで、俺が頑張らなければ。幾つもの不調を抱えた状態で、それでも彼は諦めなかった。慎重に足場を探し、二度目の挑戦を開始する。
 目標までおよそ百メートル。
 六日前に打ち出したターゲットマーカーが、地表で光っている。あれには、実に88万人の人々の名前が刻まれているのだ。
 ――そうか。俺は一人じゃないんだ。
 こんなにも沢山の人々が自分を応援してくれているのだ、という事実に改めて思い至って、彼は思わず胸を熱くした。通信機器の不調により、募る一方だった孤独感が、すうっと氷のように溶けていく。
 ――今度こそ、成功させてやる。
 そうだ、今この瞬間も、遥か故郷では沢山のスタッフが自分のミッションを固唾を呑んで見守ってくれているのだ。意を決し、大きく息を吐いて、はやぶさはイトカワへと降下した。
 
 
 長い旅だった。
 イトカワ着陸の瞬間の事を思い返しながら、彼は目前に迫る故郷をじっと眺めていた。
 
 あのあと、彼は幾度も生命の危機に晒された。燃料漏れ、バッテリの過放電、基地との通信が一ヶ月以上途絶えた事もあった。正規の姿勢制御装置は壊れ、全エンジン停止の憂き目にもあい、絶望の淵に立たされたのは一度や二度の事ではない。
 自分もこのまま、相棒の後を追って、宇宙の藻屑と消えてしまうのではないだろうか。何度も諦めかけた彼を支えたのは、地上スタッフの存在だった。スタッフ達は死に物狂いで、彼の手に残されたほんの僅かなものを利用して故郷へ帰るすべを考え出してくれたのだ。
 
 そうして、彼は、帰途についた。
 今、彼の手の中には、カプセルが握られている。この中には、彼が必死の思いで採取したイトカワの砂が入っている。
 これを故郷に届ければ、彼のミッションは完了する。
 
 地球の影に、入る。
 彼は、遥か地上めがけて、カプセルを放り投げた。
 
 
 
 2010年6月13日、日本時間19時51分、小惑星探査機はやぶさ、カプセルの切り離しに成功。
 同22時51分、大気圏突入。
 
 オーストラリアのウーメラ実験場で撮影された写真には、満天の星空を背景に二つの火球の光跡が映っていた。
 一つは、大気との摩擦熱で発光する耐熱シールド。カプセルはこれに守られて地上へと到達する。
 そしてもう一つ、より明るく光り輝いているのが、燃え尽きるはやぶさの最期の姿だった。
 
 
 



 いつぞやの記事にも書きましたが、「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」という映画を見て、すっかりはやぶさ君に萌えてしまいまして。昨日はJAXAやら和大やらのサイトにかぶりついて、はやぶさ君の最期を見届けました。火球見た時は本気で泣きそうになりました。

 で、その勢いで書いてしまったのが、上の謎の擬人化もどきです。はやぶさ帰還の感動のあまりにかなり暑苦しい出来になっているような気がしますが、気にしません。

 そして、その「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」、各地で上映延長ですよ! 上映館の情報は公式サイトにありますので、まだ見ていないという方、まだ間に合います。是非ともこの萌えを共有しませんか! って、萌え云々は冗談にしても、見る価値はむっちゃ有ると思いますので、良かったら見てみてくださいねv

(某月某日追記)
 はやぶさ行方不明の期間を、地上スタッフ側視点で、しかもはやぶさ捕捉までの日数で計上してしまっていたので、こっそり訂正しました。
 あと、エンジン云々も、ちょっとくどいような気がしたのであっさりまとめてみたり。
 書き上げてすぐに、こういった粗にきちんと気づけるようになりたいものです、はい。
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2021/01/14:GB(那識あきら)
2021/01/12:へい
2018/09/07:GB
2018/09/07:冬木洋子
2017/11/30:GB
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2010/09/05:はやぶさが来るよ!

書籍

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発行:マイナビ出版

電子書籍近刊

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